考案者手記
平成27年11月2日
殿岡たか子
高校に入学して電車通学するようになってから、痴漢に遭うようになりました。私は見た目も地味で、特別目を引くようなタイプではありません。それなのに、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか、今でもわかりません。高校の友人に聞いても、私のように頻繁に痴漢に遭う人がいなくて、自分と周りとの違いは何なのか、なぜ自分がこんなに狙われるのか、どうしたら狙われなくなるのか、ずっと考えていました。
防犯ブザーや、「痴漢です」と音の出るマスコットを持ち歩いたり、同学年の男子生徒に頼んで一緒に帰ってもらったり、様々な工夫をしましたが、どれも効果がなかったり、続けるのが難しいものでした。もうどうすればいいかわかりませんでした。
初めて痴漢に遭ったのは、高校に入学してすぐのことでした。まだ電車通学に慣れていなかった頃、ホームの端の女性専用車に乗らずに普通車両に乗ってしまい、見知らぬ男性にお尻を触られました。車内は満員で、どうする事も出来ずに泣き寝入りしました。最初の頃は、本当にショックで、学校に着くと担任の先生に泣きついてしまう事もありました。
下校時は女性専用車がないので、痴漢に遭うことが多かったです。私をドアに押し付け逃げ道をなくし、降りるはずだった駅を過ぎて知らない場所まで連れて行かれたこともありました。その時はパニック状態で、降りた駅の名前も覚えていません。よく家まで帰れたと思います。そのほかにも、両手でつり革を持ち周囲に気づかれないように股間を押し付けてくる人。やめてくださいと言っても知らん顔で、両手を上げているので周りも無反応。こういうタイプは対処の仕方がわかりません。
そうして一年が過ぎ、段々声を上げられるようになりました。それでも無視するか、「やってないよ!」と言って逃げていく人ばかりでした。これではらちが明かない、今度は勇気を出して痴漢を捕まえてみようと思いました。そして忘れもしない、バッジを作るきっかけとなった事件が起こりました。
この事件をきっかけに、本格的に痴漢を防ぐ方法を考え始めました。
そうして母と考案したのが、「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」と書いたカードです。こういうものをつけるのは恥ずかしい、と人に思われるとは思いましたが、私自身は恥ずかしくありませんでした。
ここまですれば痴漢してくる奴はいないだろう、という自信があったからです。むしろこの程度で痴漢が止むなら安いものだ、と思いました。
カードをつけはじめてからは、嘘のように痴漢に遭わなくなりました。
見知らぬ人にカードについて声をかけられることもありました。「頑張ってね」と応援してくれた人や、「気を付けてくださいね」と心配してくれた人。もちろん、その逆のパターンもありました。下校中に、同じ学校の生徒が、「痴漢する方も相手を選ぶよな」と背後で話しているのが聞こえました。これはいつか絶対に言われると覚悟していました。自分でもそう思うかもしれない、と思ったからです。
でも、実際に言われると傷つきました。「狙われてなければつけなくていいのに」と思いました。
そうして、デザインを変えようという話になりました。缶バッジにして、少し見た目を良くしました。デザインを変えることで効果が薄れるかもしれないと不安でしたが、今のところ痴漢には遭っていません。
母がSNSに投稿した事で、このバッジは大きなプロジェクトになりました。正直、大ごとになりすぎて驚いています。このバッジが世間に受け入れられるとは思っていませんでしたし、今も不安です。
でも、たくさんの大人が協力して真剣に打ち込んでいるところを目の当たりにして、それだけの価値があると思えましたし、嬉しかったです。
このバッジが世の中に広がり、少しでも痴漢の被害者を減らせるよう願っています。